バルンガ フラッシュ・バック 或いは 福島原発を見下ろす丘の上で(2011/03/18)

私はブログで何度かバルンガについての感懐を書いたことがあるが、忘れられないのは、以下である。

http://onibi.cocolog-nifty.com/alain_leroy_/2011/03/post-1762.html

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2011/03/18  07:02

バルンガ フラッシュ・バック 或いは 福島原発を見下ろす丘の上で

 

福島原発を見下ろす丘の上

 

奈良丸博士「災害? 大津波メルトダウンも災害ではない。神の警告だ。」

僕「神ですって?」

奈良丸博士「君は洪水や山火事に竹槍やバケツ・リレーで向かうかね? 大津波は自然現象だ。原子力という火も人類が握った巨大なマッチに過ぎぬ。しかしたった一本のマッチからでも燎原は丸焼けとなる。文明の天敵というべきか。こんな静かな朝は又となかったじゃあないか……この気狂いじみた都会も休息を欲している。ぐっすり眠って反省すべきこともあろう……」

由利子「反省すれば救われるというのですか?」

      老人答えない。

      風船を空へ放し、見送っている。

 

 

病院の病室

僕「皆さん、あきらめてはいけない。散水車が近づいているんだ。きっと原発の火を吹き飛ばしてくれる」

奈良丸博士「神だのみのたぐいだ」

由利子「(むっとして)病人を力づけるために云ってるんだから、いいじゃないの!」

奈良丸博士「科学者は気休めは云えんのだよ」

由利子「じゃ、あなたは矢張り奈良丸博士?」

老人「(急に強い眼の光りで)だが、たった一つ望みがある……(自分に)わしは風船を飛ばした時、なぜこれに気づかなかったのか?」

 

 

僕は残念に思う。今ここに、僕らを救ってくれる風船も、奈良丸博士のような知恵を持った科学者もいないことを――僕らの現実の「ウルトラQ」は、太陽をバルンガが食ってしまう結末なのかも知れない――あの石坂浩二のナレーションに子供ながらに恐怖して、翌朝、空を見上げてほっとした少年の日を何故か今、僕は思い出す――

 

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日附でおわかりの通り、かのカタストロフの一週間後であった――そうして――そうしてこの21時間後――私のALSに冒された母聖子テレジアは独り病院で二酸化炭素脳症のため天に召されたのであった――